写真とモノとのコラージュによる作品作りを、この10年近く続けてきた平山清隆(愛知県扶桑町)の仕事は、自然に対する記憶を定着させる孤独な試みだ(6月24日まで名古屋・栄、ウエストベスギャラリーで開かれた個展から)。
たとえば、琵琶湖の波打ち際をモチーフにした「IMAZU 1998」と題する作品は、竹生島を写した遠景から、湖面、水際と写真はしだいに近景に移り、浜辺に打ち寄せられた貝や小魚、木くずのアップとそれらの実物が奇妙に重なり合う。
写真と実物との意識的なズレが、かえってその場のにおいや音、手触りを伝える。一見、子供の標本箱のような乱雑さも実は、精緻(せいち)に計算されたものである。
貝殻や石はともかく、魚の死がいや草花は、一応の処理は施してはあるが、やがて朽ち果てていくものだろう。「モノが変化していくのは、当然のこと」という諦観(ていかん)が、一種の静謐(せいひつ)さを感じさせるのだろうか。
1989年7月1日 朝日新聞(夕刊) / 管野まう